REAL


 欠伸をかみ殺しながら、由法は通学路をまったり歩いていた。昨晩はいつもより遅くまで狩りを続けてしまったため、少々寝不足気味である。
 あんな夜更かしも久しぶりだな、と思いつつ歩く由法の目に、見慣れた背中が映った。
 途端、由法の歩む速度が遅くなる。雫に見つかると、またいろいろ愚痴を聞かされそうな、長年の経験と勘から彼はそう判断したのだ。前を歩く雫と一定の距離を保ちながら、由法も歩を進める。
 しかし、由法はここで一つ違和感を覚えた。
(……なんか、遅いな)
 普段ならば、前を歩く由法の頭をすれ違いざまに引っぱたくほどのスピードで歩く(?)雫である。それが今はどうだろう。由法のほうが速度を落としている。
 そしてその背中は、どこか重い空気を背負っているかのように、由法は感じた。
 実際、彼女の友人らしき女子に挨拶されても、返す様子はどこかおかしい。いつものような元気な笑みを浮かべているように見えるけれども、どこか無理しているような感がある。長年の付き合いである由法だからこそ分かるような、本当に微細な変化であるが。
(珍しいこともあるもんだなぁ……)
 そんな極めて楽天的な感想しか持たなかった由法であったが、時間を追うごとにそれだけではいられなくなった。
 例えば授業中。授業を聞こうと努力しているのだけれども、どこか集中力が足りていないように見えた。成績が悪かろうとも、授業だけは真剣に聞くのが真菅雫である。
 例えば昼休み。ともに机を囲み、わいわいと弁当をつつきながら話題を振ってくる友人たちに対する応答も、どこか元気がない。それにはさすがに気付いた友人たちも言及しているようだったが、雫は胸の前で手を振って「なんでもない」と答えるだけだった。
 そして帰り際。ホームルームの間中ずっと窓の外を眺めてぼーっとしていた雫の様子に、これまでずっと傍観する立場だった由法がついに動いた。ずっと観察してるほうがかなり怪しいだろ、などという突っ込みが今の彼に通じるはずもない。
 席を立ち、友人たちに弱々しく別れを告げていた雫の前まで歩んだところで、由法は止まった。
「あー、えーっと……」
 なんと言うべきか、由法は言葉を捜していた。何か声を掛けよう、と思い切って来てみたはいいものの、これでは何の意味もない。なんとも情けない話である。彼の眼前にいる雫も、そんな由法の様子に疑問符を浮かべるばかりであった。
 と、雫の視線が一度由法から逸れる。そして再び彼に向けられた視線には、どこか決意の光のようなものが混ざっていた。
「あのさ、由法」
「ん?」
「今日さ、いつもの道具屋の前で待っててくれない?」







  
前へ戻る

次へ進む

小説トップへ

TOPへ