PHANTASY


 いつもの道具屋の前。
 雑踏の中を見回しても、しずくの姿はなかった。もっとも、この数百人の中からたった一人を見つけ出すほうが困難極まりない作業だったが。
(探索しても見つからない、ってことはこの町にいないか、オフラインか……)
 思って、ロウは前者の可能性を削除した。それなりにレベルが上がってきたとはいえ、彼女はまだまだ初心者マークのプレイヤーである。基本的に、遠出の際はロウと一緒に行動している。もし仮にこの町にいないとしても、せいぜい低レベルのダンジョンに潜っているくらいだろう。
 そう高をくくって、ロウは昨日と同じ狩場へと転移しようとした時だった。
「おい、あっちでPVPやってるらしいぜ」
 横を通り過ぎた魔導師の青年の言葉に、ロウはピクリと反応した。
 PVP(プレイヤーバーサスプレイヤー)。文字通り、プレイヤー同士が戦うことである。このゲームはバーチャル・リアリティである以上簡単に他のプレイヤーに攻撃を仕掛けられそうなものだが、それはプログラムで規制されており、ある一定の条件下でなければプレイヤーはプレイヤーに攻撃できないようになっている。それ専用のフィールドに入るか、もしくは周囲をそのフィールドに変えるアイテムを使うか。
 街中で行われている以上、後者であることは明らかだった。ロウの足も、自然とそのイベント会場のほうへと向いていた。
 特設PVPフィールドは薄幕に覆われたドーム上になっており、入ることも出ることも出来なくなっている。逃げたければ、転移魔法かアイテムを使うしかない。
 中では、格闘家の青年と暗殺者(アサシン)の少女が向かい合っていた。
 ここバイツークは魔術師の聖地として名を馳せる町である。故に、街中を歩いて目に入るのは九割以上が魔法関連を生業とする人々だ。今目の前で対峙しているような二人は、実に珍しい存在である。
(ああ、だからこんなに野次馬がいるのか)
 僕もその一人だけど、とロウは苦笑した。
 それこそまるで格闘技の観戦をするかのように、人々は熱気に包まれる中声を張り上げている。いてまえー、とか、ムッ殺せーとか、萌えーだとか。中には露店を開いて商売を始める輩までいる。
 ロウはそのような商店の一つからジュースアイテムを購入し、ストローを口にくわえてぼんやりと、闘う二人を眺めていた。
 互いに格闘戦しか能がないため、勝負は回復アイテムの量の差であった。
 暗殺者の少女が放った斬撃を正面から受けた格闘家は、それが致命傷に近いにもかかわらず体力を回復しようとしない。アイテムが尽きたのだろう。
 それを見た暗殺者の少女は表情を変えることなく次の一手を投じる。その素早さを生かし、青年に猛スピードで迫った。
 それを待っていたとばかりに、青年は低く構えた。そして、その拳が青く光り始める。
(鋼破掌か。勝負あったな)
 心の中で冷静に解説するロウ。
 と、青年の青い拳が飛び込んできた少女の腹部に叩き込まれる。そのまま少女は吹き飛ばされ、仰向けに倒れたまま動かなくなった。
(鋼破掌、自分の残りHPが少ないほど威力を増す技……か)
 慣れたプレイヤーになると、わざとHPを消費するようなスキルや魔法を使ってから、この技を繰り出したりするというなんとも意地の悪い戦術を使ってきたりする。しかしこの技はHPを削ってこそ効果を発揮する――つまり、自分が痛い思いをしなければ何の役にも立たないわけで、そういった点からあまり人気のない技だったりする。(一部には大人気らしいが)
 勝者としての賞賛と、仮想とはいえ女性を殴り飛ばしたことに対するブーイングを受ける格闘家の青年に背を向け、ロウは歩を進めた。
 その表情はどこか険しく、お世辞にも機嫌がいいとはいえない様相だった。
(PVPか……在るべきか否か、難しい機能だよな)
 と思った後に、そういえばと付け足す。
(しずくにまだPVPシステム説明してなかったっけ。今度会ったときに教えておこう)

 その日、ロウとしずくが会うことはなかった。







  
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