序章
無機質な灰色を染め上げる紅。
静かな闇に溶け込む黒。
黒は紅を飲み込み、その味を覚える。
紅に染まったその手で描くのは歓喜の詩(うた)。
遺された詩声(うたごえ)は、見るもの全てを凍りつかせた。
偽物の現実で、心を塗り潰したくなるほどに。
◆◆◆
私は走った。
どこに向かっているのか。ほとんど勘に近かった。
まだ治りきっていない傷が、ずきずきと痛む。体は正直に動くなと命じているのだろう。
けれど、止まるわけにはいかない。
ここで行かなければ、私が私である意味を失ってしまう。
私がここにいる理由。十年もの間、全てを捧げてきたもの。
彼は、それを奪おうとしている。
彼は優しい。十年前から何一つ変わっていなかった。
けれど、だからこそ辛い。彼には、あの世界にいて欲しい。
もう私は、そこにはいられないから。
彼は私を守ると約束した。それは、認めたくないけれど、嬉しかった。
でも、だめ。あの時の彼は、危なかった。あと一歩。誰かが後ろから押せば、もう戻れないところまできている。
だから、私がどうにかしなければ。私、一人で。
そして私は、そこに辿り着いた。
あの人が望むとおり、決着をつけるために。
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