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 ライトが外に出たとき、其処では先に出ていた三人と、ハーバー夫妻&双子が、その光景を見ていた。ある者は恐怖、ある者は畏敬、ある者は呆れをその目に浮かべながら。
「アレが……魔物ですか?」
「は、はい……」
 ハーバー氏のその声は、恐怖というよりは羞恥であった。子供の馬鹿を他人に見られた親のような―そんな感じであった。
「…………人?」
 とにもかくにも、勇者様御一行は、戦慄の面持ちで一心不乱に羊をいじくるそれを見ていた。
 大きく尖った耳、人くらいの大きさで全身毛むくじゃら、そして手には鋭い爪。月明りに浮かぶその姿は、ハーバー氏が述べたものと、ほぼ一致していた。  違うところといえば――
「……あれの何処が魔物なんだよ」
 ライトが文句を言うのも仕方ない。なにせ、そいつはどこからどう見たって、着ぐるみをつけているようにしか見えないのだ。耳も、爪も無論飾りである。
 しかも、質の悪いことに一匹ではなかった。似たような格好をした人間が他にも二人、その一匹と同様に羊にむかって何かをしていた。そして、間抜けなのかなんなのか知らないが、三人揃ってライトたちに全く気付いていなかった。
「あれを……退治するんですか?」
「はい。思いきりやって下さい」
『………………』
 そうは言われましても。
 四人は、また違った意味で手も足も出なかった。いや、一人、こういったことのスペシャリストがいた。そのことにまず気付いたのはシエナだった。
「おい、マサト。ああいうのはお前の専門分野だろう? なら、お前がどうにかして来い」
「…………ここはやはり、俺の出番か」
 マサトは頭を振りながら、一歩、歩み出た。が、
「…………ふっ」
 なんとなくキザったらしく微笑を浮かべ、何にもせずに戻って来てしまった。一同、唖然。
「何やってんだよ!」
 思わず、いつもの大声で怒鳴り散らすライト。
「…………着ぐるみは、俺の専門外だった」
「て、てめぇ……!」
 無責任に言うマサトに、怒りをぐつぐつとにたぎらせるライトだったが、その怒りも、一瞬で消え去ることとなった。
「おい、気付かれたようだ」
「何!?」
「あれだけ大声出せばねぇ……」
「うっ……」
「…………問題ない。逃げられる前に、方を付ける」
「尤もだ」
 言い終わると同時に、シエナとマサトの姿が消えた。いや、三匹の獣もどきの元へと高速で移動したのだ。
 ちなみにハルナもほんの少し遅れたものの、結局彼らのところへ一人で行ってしまったために、唯一一般人であるライトはえっちらおっちらと走る羽目になった。
 話を戻し、逃げ出そうとした魔物もどきの前に立ちはだかった三人。
 やはり、観察の結果通り、もどきはもどきだった。猫の着ぐるみが二体と、虎の着ぐるみが一体。さっき羊に何かしていたのは虎の着ぐるみだ。
 三匹は明らかに人間離れしている三人を見て、あからさまな恐怖を浮かべた。
 というか、この三人の取り合わせも目茶苦茶なもんである。
 メイドと、ごっつい剣持った美少女と、無精髭の根暗な侍。着ぐるみ軍団といい勝負かもしれない。
 まぁ、それはそれでおいといて。
「あの、何してたんですか?」
「…………!」
 ハルナが優しい口調で尋ねるも、着ぐるみは警戒してか後ずさってしまう。
 相手が人間な分、下手に戦うことはできない。
 三人は、長期戦を覚悟した。


 一方のライト。
 ちょうど、最初に虎の着ぐるみを発見した辺りに来たときだった。
「うおっ!?」
 大仰な声を上げ、ライトは一瞬宙に浮いた後、思いきり尻餅をついた。
 何もないところで、いきなり派手にこけたと戦況を見守る人間には見えただろう。しかしこれには、れっきとした原因があった。
「ってぇ……なんだよ、これ」
 転んだ瞬間、踏み付けたもの。円柱状のそれをライトは拾いあげた。
「…………魔性ペン?」
 魔性ペンとは、最近都市部で話題の書いてもちょっとやそっとじゃ消えないペンである。従来のインクに魔法を施し消えにくくした上、ペンというこれまでになかった斬新な形状にすることで使い易さもアップ。おまけに安価ということで、どんどん需要が伸びている一品だ。ライトがこの製品の存在を知ったのは旅に出てからだった、というのは余談である。
 それはともかくとして。
 ライトは拾ったそのペンをまじまじと観察してみた。別に、前に見たことのある奴と何等変わりはない。試しに書けるかどうかやってみたが、ごく普通に使えた。書いたものはこすっても消えないし、消去の言葉をかければきれいさっぱり消えたし。不良品ってわけでもゴミってわけでもない。
 なら、どうしてこんなところに落ちてるんだ?
 ふとそこで、ライトは自分の脇に立つ何者かの存在に気付いた。
「!?」
 敵である可能性を考慮し、間合いを取る。不覚だった。こんなに接近されるまで気付かないとは……
「……なんだ、牛かよ」
 そう、そこにいたのは白黒模様の体毛を持つ家畜だった。だがしかし、その毛並みの所々がどこかおかしい。
 ライトは目を細めて牛(らしきもの)を観察した。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………めぇ」
「……羊?」
 彼の記憶の中に、めぇ、と鳴く牛は存在しなかった。代わりに、めぇ、となく羊なら捕って食えるほど存在する。
 暗さゆえにはっきり見えなかっただけだった。よくよく見てみれば、牛とはだいぶ違う姿形をしている。顔も違うし、体毛も短めに刈り込んであるものの羊毛のもこもこさは十二分に見て取れた。
 落ちていた黒の魔性ペンと突如(?)現れた黒斑入りの羊。そこから導き出される答えは……
「このペン、もしかしてお前のか?」
 もしこの場にハルナとシエナがいたならば、ライトは全治三週間では済まなかっただろう。どうやらライトの中では、羊というのは書き物ができる生き物らしい。正真正銘、生粋のアホである。
 無論、相手は羊なのだから返事があるはずもなく……
「めぇ」
「ん、お前んじゃないのか」
「めぇ」
「なに、あっちにいる着ぐるみの奴が落としてった?そうか、それじゃ届けてやらねぇとな」
「めぇ」
「安心しろ。俺に任せとけって」
 これは果たして、ライトが大宇宙からの電波を受信して自作自演しているだけなのか、はたまた本当に会話が成立しているのか……真実は闇の中である。
 めぇ、の一言であんなに複雑な言葉表現できるわけねぇなどという律義なツッコミも聞こえてきそうなものだが、そこら辺は偉大な自然の力ってことにしておこう。
「お兄ちゃん、危なーい!」
「へ?」
 勇者様、もとい妹・ハルナの叫びがライトの耳に届いたのは、ちょうど彼が羊と畜産農業の在り方について議論を始めようとした時だった。
 しかし、そんな声を聞いたところで人間、そう簡単に体は動かない。例外は人間辞めかけている連中だけだ。そして似ても覚めても一端の人間でしかないライトは、その場から動くこともままならず、魔力による衝撃波をモロに食らう羽目になった。対人用に威力を下げてあるものの、元の攻撃力は人一人粉々に吹っ飛ばしてお釣が出るほどである。加減したところで、当たったら痛いどころで済むものでもない。
 どうしてまた、こんな物騒な流れ弾が飛び交うようになったのか?
 時は少し、遡る。


 ハルナたちが謎の着ぐるみ衆と対峙したそのとき。敵(?)は突如として彼女らの視界から消え失せてしまった。
「えっ? 嘘!?」
 ハルナが驚きの声を上げる。シエナは連中が消えたのを見るやいなや索敵呪文を唱え、マサトは表情をピクリとも変えずに長太刀を鞘から抜き放った。
「………右、四時方向っ!今だ!」
「…………!」
 シエナの示した方向に、マサトが残像すらも残させぬ速度で太刀を振るう。瞬間、敵(?)の着ぐるみの一部と思われる毛がぶわっ、と舞った。
「ハルナ様、後ろ!来ます!」
「う、うん!」
 ハルナもシエナの言葉通り聖剣を凪ぐ。一瞬、確かな感触が剣を介して手に伝わった。だが、
「……!?」
 太刀筋が、弾かれた。恐ろしい話だが、普通であれば相手を真っ二つにぶったぎっているはずの速度・コースである。それを弾くなど、少なくともこれまでのハルナの経験ではなかった。
「…………手加減する必要はない。こいつらの着ぐるみは、一種の強化服だ」
 視認すらも難しい速さで刀を振るいながらマサトが言った。ハルナ同様剣が通らないのか、あちらさんはいまだ健在である。
「なら、どうすれば良い!」
 索敵魔法を展開しつつ、自身も攻撃に参加していたシエナが叫ぶ。ちなみに彼女は武器など持っていない。愛用のフライパンは荷物カバンの中であるため、素手のみで格闘している。
「…………あれは高速化と防御強化、二つの魔法が掛けられているタイプだ」
「御託はいい! 知りたいのは攻略法だ!」
「…………………連中の弱点は」
 いつもより三点リーダーの数が多かった。シエナの言葉に微妙ながら気分を害したようだ。
「…………あの着ぐるみは、それ自体が一つの魔法だ。つまり、どこかしらを大きく傷付けられれば、あれはただの布の塊となる」
「でも、剣が弾かれちゃうんですよ!?」
 斬れないのならば、せめて足止めをとハルナは聖剣を振るい続ける。
「………………」
 マサトは黙りこくった。言ってはみたものの、実の所その点に関しては何も考えてなかったらしい。案外いい加減な性格である。
「おい、マサト!」
「…………何だ」
「奴等、防御は完璧なんだな!?」
「…………完璧とまではいかんが、そう簡単に破れる程でもない」
「その言葉、信じるぞ!」
 言うや否や、シエナはそれまで殴り合っていた着ぐるみから距離を取った。
 だが、これ幸いにと着ぐるみもシエナに背を向けて逃げ出す。それに合わせてか、残りの二体も隙を見て駆け出す。
「あっ! ちょっと待ちなさーい!」
 ハルナが逃げる背中に叫び、追おうとする。が、それを制する声が。
「ハルナ様、お下がりください!」
「ふえ?」
「さもなければ、巻き込まれます!」
 声の主はメイドだった。そして、そちらへ振り向いたハルナには、シエナが今、何をしようとしているのかはっきりと見て取れた。
 メイドの周囲に収束される魔力。その力は一つの方向性を与えられ、今まさに飛び出そうとしていた。
「シエナさん、魔法はあぶな……」
「散れ、衝波陣!!」
 ハルナの叫びも空しく、シエナの手から魔力に依る衝撃波が放たれ、真っ直ぐに着ぐるみへと向かって行った。
 言うまでもないかもしれないが、やはりその進路上には、奴も居たのだった。
 そして、そのことに最初に気付いたハルナが、精一杯叫ぶ。
「お兄ちゃん、危なーい!」


 とまぁ、こんなわけで流れ弾(?)を食らってしまったライト。しかし、神はまだ彼を見放してはいなかった。
 軽々と吹っ飛ばされ、地面に叩き付けられたライトだったが、怪我など微塵もなく立ち上がった彼の目の前にあったモノとは。
「……こりゃあ、なんともまぁ」
 ライトは頭を掻いた。折り重なって気を失っている元・着ぐるみな三人を目にすれば、感想に困るのも無理はないだろう。
 シエナの魔法が直撃したのだろう。着ぐるみは見るも無残に破れ、下の顔が露出していた。見た感じでは、男二人に女一人。
「……ん?」
 ここでライトは首を傾げた。多少の埃で汚れてはいるものの、覗いた女の顔には見覚えがあった。それと共に、トラウマ気味な思い出も。
「お兄ちゃん!」
「お、ハルナ。大丈夫だったか?」
「それはこっちの台詞だよ! お兄ちゃんこそ、怪我なかった!?」
 駆け寄ってくるなりいきなり怒鳴り散らすハルナ。そんな恐ろしくも可愛い妹に多少物怖じしながら、ライトは笑顔で答えた。
「馬鹿野郎。この俺がそう簡単にやられるかってんだ」
「でも、一応シエナさんの魔法だったし……」
「全くだ。余波とは言え、あれを食らって無傷とはまず有り得ん。ますます貴様が人間かどうか怪しくなってきたな」
「おい、喧嘩売ってんのかテメェは」
「私は勝てる喧嘩しかしない主義だ」
 毅然とした態度で言い放ってくれたメイドさんに、ライトのイライラがさらに積もる。やめときゃいいのに、自力で止まることはまずできないのがライトという男の性質であった。
「ぐぬぬぬぬ……」
「馬鹿が」
 まさに一触即発。こんなことしてる場合じゃないってのをきちんと理解していたのは、万民の希望の光、我らが勇者様だけであった。
 ちなみに、まだ一人だけ登場していない侍、マサトは何をしているかというと。
「………………」
 一人、黙々と着ぐるみを剥いでいた。
「あの、マサトさん。何してるんですか?」
 ハルナが尋ねた。とうとうあの二人は見放されたらしい。無理もない話だが。
「…………これも、修理して売れば旅費の足しになるだろう」
「あ、なるほど……って、そんな追剥ぎみたいなこと、しちゃいけませんよ!」
「…………しかし、金は多い分には問題なかろう」
「確かにそうですけど。でも、ダメなものはダメです」
「……………………」
「ダメです」
「……………………」
「本当に許しませんよ」
「………分かった」
 物凄く名残惜しそうに、普段は無表情な目も今回ばかりは悲しげな色を醸し出し、後ろ髪を引かれまくった様子でマサトは着ぐるみを離れた。支離滅裂な修飾をしてしまう程に、彼の様子は沈んでいた。その様は、沈めた側であるハルナまでが良心を痛めてしまうまでに酷かった。
「分かってもらえればいいです。でも、次やったら……」
 未だナルト目で気絶している元・着ぐるみの女が視界に入ると同時に、ハルナの言葉が止まった。
「そっか、そういうことだったんだ……」
「…………どうした?」
「マサトさん、ハーバーさんたちを呼んで来てもらえませんか? もちろんあの双子も。お兄ちゃんたちは私が連れてくるから」
「…………構わんが、何故だ?」
「理由は、みんなが集まってから話します。とりあえず今は、お願いします」
「…………分かった」
 たった一つの真実を見つけた名探偵の如く、自信たっぷりにこう言われては、マサトも従うしかなかった。


 数刻後、魔力の光の元に全員が集合した。ちなみに着ぐるみたちはといえば、ぼろぼろ状態だがとりあえずかぶりものはさせて、縄でふん縛って転がしてある。また、こちら側にも約一名意識が無い奴がいるがこの際無視しておく。
「ハルナ様、一体どうしたというのですか?わざわざ皆を集めるなど」
「……私、ちょっと疑問に思ってたことがあったんです。ハーバーさん、あなたの息子さんは魔物にやられた、そうおっしゃりましたよね?」
「…………」
 ハーバー氏の表情は堅い。
「でも、それは嘘だったんですよね? だって、息子さんたちは……ここにいるんですから」
 瞬間、場の空気が硬直した。
 硬直を解かれた後も尚、思い雰囲気が夜の闇に漂っていた。
「それは、俺も気付いたぜ」
 いつの間にやら復活を遂げていたライトが口を挟んできた。
「ま、百聞は一見に如かずとか言うしな。これを見りゃ何とか言ってくれるだろ」
 こんなファンタジー世界に何故日本の諺があるのかはすこぶる謎であるが、いや、それ以前にあのライトにこのような引用をできるほどの知能があったのかというのも謎っちゃ謎で、そのことでシエナがちょっとしたカルチャーショック状態に陥ったりしてるけれども今はそんなこと話している場合では無く、問題はライトが剥いだ二つの着ぐるみの下の顔だった。
 ごく普通の、どこにでもいそうな男と、ブロンドの髪が眩しい美女。
「パパ、ママ!」
 顔を見るなりそう叫んだのは、無論シエナやマサトなどではなく、ハーバー夫人の背に隠れるように立っていたルミとミナスの双子であった。
「……そういうことでしたか」
 両親に駆け寄る双子を横目に、シエナがつぶやいた。
「私にも大方の事情は飲み込めましたよ、ハーバー殿」
「……申し訳なかった」
 ハーバー氏は、深く頭を下げた。
「本来は言うべきだったんじゃろうが……」
 頭を下げたまま、己の息子をちらりと横目で見る。
「ま、要するに俺たちは親子喧嘩の片棒を担がされたってわけだな」
「その通りです。なんとお詫び申し上げればよいのやら……」
「ホント、いい迷惑だぜ」
「ちょっと、お兄ちゃん……!」
「実際そうだろうが。どうせよ、『こすぷれ』っつーんだっけ? こういうの。まぁ、そっち方面に目覚めちまった子供を叱ったら家出されて、でも孫のこと考えたら、段々と後悔してきた……ってとこだろ?」
 ライトの口調は、普段の調子からでは想像できないほどに厳しいものであった。  彼は知っていたのだ。あの世界に入り込んでしまった者が、どのようになり、どのような末路を辿るのかを。そして、残された者が抱く絶望。
 それだけならまだしも、今回は我が子を放ってまで出て行ったとのことである。確かに、結果的に自分らを騙した老人にも腹が立つが、そんな馬鹿なことをした馬鹿な親への憤りはその遥か上をいっている。
 その時だった。
「う……」
「パパ!」
「ル、ルミ? それにミナスも……」
「…………ようやく目が覚めたか」
「え? あ?」
 着ぐるみの男―ルミとミナスの父親は、現状が全く理解できないといった風に、あたりをきょろきょろと見回した。で、目に入ったのは自分の子供や長い剣を持った怪しい男、見た目からして怪しいメイドなどなど。端からすれば夢かどうか、思わず頬を全力でつねって痕ができてしまいそうな光景である。
 その男を、ライトは冷たく見下ろしながら言った。
「起きたな、馬鹿親父。散々迷惑かけてくれやがって」
 この農民、終盤になって毒を吐きまくっている。本人はそれで良いのかもしれないが、よしとしない人だって勿論いるのだった。それも、目茶苦茶身近に二人も。
 制裁は、手加減なく行われた。
「さっきから言い過ぎだよ、お兄ちゃん!」
「同意です。もう少し社交辞令というものを学ぶべきだ」
「…………俺は謝らねーぞ」
 頭から血をだらだら流しながら言われても、別方面での迫力しかなかったが。
 そして、その一方ではもう一つの怒りが炸裂していた。
「この……馬鹿息子が!」
「っ……!」
 ハーバー氏が、息子を拳を固めて殴り付けた。鈍い音が響く。
「どれだけ儂らが迷惑したと思っておる! 子供を放って家を出ていくなど、正気の沙汰とは思えん! しかも、こんな姿をこの子たちに晒して……少しは恥ずかしいとは思わんのか!?」
 その怒鳴り声に、思わずライトたちは耳をふさいだ。
 今までのコミュニケーションで、この牧場主の老人の穏やかさを感じていた彼らにとって、この激怒はちょっとした予想外の出来事であった。
「全く……!」
 それからしばらく怒鳴り通し、言いたいことはすべて吐き出したらしいハーバー氏は、一歩下がって息子を見下ろした。余程頭に来ているのだろう。子供たちはすっかり怯えることはもとより、シエナが音声も遮断できる防御魔法――絶対防壁を発動していたことにすら気付いていなかった。ちなみにこの魔法、発生時には激しい発光を伴うので、稀に光源として利用されることもあるほどのものだ。
 至近距離で怒鳴り続けられ、息子にはさぞこたえたことであろう。だが、実際のところ彼は、終始ぽかんと呆けた様子であった。
「……ちょっと父さん。さっきから、何のことだかさっぱり分からないんだけど」
「何だと……まさか、しらばっくれる気か!?」
「違う、本当に分からないんだ。最後に覚えてるのが、森を抜けてサイドベイの町が見えてきたってところで……次に気付いたらここに居たんだ! 信じてくれよ!」
「嘘を言うな! そんな馬鹿なこと、あるわけがなかろう!」
「本当なんだ!!」
「嘘に決まっておる!!」
 再び、激しい言い争いを始めてしまった親子。そんな彼らをよそに、ハルナ、シエナ、マサトの三人は冷静に思考を巡らせていた。
「シエナさん、今の話、どう思います?」
「あの男が嘘を吐いているとも思えません。ただ、正しいと言い切れる証拠もありませんが」
「…………魔法で人間を操るというのは可能なのか?」
「……不可能ではないな。魔物や動物を使役する術、あれを少し応用し、催眠効果のある呪文を重ねがけすれば……十分に可能だ。もっとも、相当な難易度だが」
「ということは、あの人は誰かに操られていた。そういう可能性も十分に考えられるわけですね」
「ええ。ただ……」
「ただ?」
「目的が分からないのです。これほどの力を持つ術者が、何故こんなことをするのか……はっきり言って、何の利益にもならないでしょう」
「…………そこらへんは、当の本人に聞いてみるか?」
「何?」
「…………忘れたのか? 俺たちが捕らえたのは、三人だ。うち二人は子供たちの両親。では、残りの一人はなんなのだ」
「……黒幕、ってことですか?」
「…………分からん。奴も、操られていただけなのかもしれんが」
 怒鳴り声のBGMが相変わらず夜空に響く中、三人は重要参考人である着ぐるみの男に歩み寄っていった。
 男は、極普通であった。ルミとミナスの父親に負けないくらい普通だった。特徴ないのが特徴……と思われたが、顔を覆っていた被りものが完全に外れた瞬間、一つだけ目立つものが現れた。薄暗い中でもはっきりと認識できる、銀色の髪。それを見て、シエナとマサトが一瞬息を飲む。そう、この銀髪は、あることの証しなのだ。
「こいつ……」
「…………やはり、文明都市(ヴァハラキア)出身の人間か」
 文明都市、ヴァハラキア。国中からあらゆる文化が流れ込み、それらが融合して独自の文化を組み上げた、いわば国の中の国。ハルナが、魔王と死闘を繰り広げた楽園。
 ライトに言わせれば、単なる奇人変人どもの集まった町らしいが。
 だが、ヴァハラキアからサイドベイ郊外のここまでは相当の距離がある。加えて、ヴァハラキアで生まれた者はあまり外の世界に出ることを好まない。なら何故、この男はここに居るのだろうか。
「……仲間が欲しかったんですよ」
 いつの間にか目を覚ましていた男が、ぽつりと呟いた。
「ただ、それだけです……よいしょっと」
 相変わらず縄で縛られたままの芋虫状態であったが、男はそこを器用に起き上がった。
「ちょっとした事情であそこを追い出されてしまいましてね。最初は我慢できたんですよ? だけど、段々我慢できなくなってきまして。ちょうどその時立ち寄った町で材料買って、自分で作りましてね。一度だけのつもりが、いつの間にかいつもこの格好をしていたんです。そうなればもう止まりませんよ。一人は寂しいから、道を歩いてた二人を捕まえて、魔法をかけて。あとはもう、言うまでもないでしょう」
 言い終わると男は、自嘲気味に笑った。男の独白に、その場の全員が傾注していた。
「そういうわけで、まぁ……情状酌量の余地ありですよね?」
「は?」
 皆が皆、突然の言葉に首を傾げた。また、この「は?」には一部、「ざけたこと言ってんじゃねぇぞヴォケ」とか「戯言も、いい加減にしないと大変なことになりますよ?」的なニュアンスが含まれている。
 だが、男にはそんな含みも伝わったのかもしれないが、全くといっていいほど効いていなかった。
「じゃ、私は逃げますんで。皆さん御機嫌よう」
 その瞬間、男の姿が煙のようにかき消え……なかった。
「おいおい、背中ががら空きだぜ?」
「…………!」
男の描いたシナリオというのは、吐くだけ吐いた後に、近距離転移魔法か高速化魔法を使い、それこそ悪役っぽく笑い声だけを残しながら消える、もとい逃げるというものだったのだろう。だが、その三流脚本はたった一人の農民の手によって見るも無残に引き裂かれたのだった。
「お兄ちゃん、ナイス!」
「結構ギリギリだったけどな……ま、何とか捕獲成功ってか?」
「ぐ……」
 着ぐるみ男に手加減無用でヘッドロックをかけながら、ライトは少々格好よさげに笑みをうかべた。死の縁から還ってきた男、そんな表現がまさにぴったりであった。
「ぎ、ギブ……」
「あん? なんか言ったか?」
 男は見る見るうちに顔が青ざめ、唇も何だか紫色っぽくなってきていた。ちょっとした生命の危機って奴だろう。それ程までに、ライトのヘッドロックは完璧に極まっていた。
 実際、ライトという男は決して弱くはない。村では負け知らずのガキ大将だったし、今でも下手な兵隊や剣士よりも、戦闘能力のみは秀でているだろう。頭を使わせたら絶望的だが。
 まぁ、それはそれで置いといて。
「…………おい、少しこいつに話がある」
「ん? どうしたんだよ」
「…………こいつに話があると言った。手を放せ」
「お、おお……」
 いつになく迫力のある物言いなマサトに、ライトはおずおずと引き下がった。
「なんだよ、あんな言い方しなくたっていいだろうが」
「まぁまぁ、お兄ちゃん落ち着いて……」
「一体何をするつもりだ……?」
 着ぐるみ男と対峙する銀髪の侍。ほんの、半径数メートルのうちに十人近い人間がいるにもかかわらず、二人はすでに二人にしか分からない、独自の世界を作り上げていた。そういったからといって、変な方向で妄想膨らませられても困るが。
 しばしの、沈黙。向かい合う二人のみならず、周囲の者たちも口を閉じ、固唾を飲んでその様子を見守っていた。
 これまた約一名を除いてだが。
 自分のせっかくの見せ場を奪われ、不機嫌丸出しな様子でそいつは言い放った。
「おい、とっとと終わらせちまってくれよ。マサト」
 その言葉が、何かのスイッチだったのだろうか。数刻の間、マサトと激しいにらめっこを展開していた男の顔に、急に驚愕の色が広まっていった。
「マサト……銀色の侍……妹キャラ……ま、まさか!?」
「……ようやく気付いたか」
「ああ……まさか、そんな……なんてことだ……!」
 突然狼狽し出した男に、事情が全く読めないライトたちはただ、疑問符を頭の上に浮かべるしかできなかった。
「神と崇め奉られる貴方様が、何故このようなところに……!」
 ついには、土下座まで始めてしまう男。まるで唯一神の具現に出会ったかのようである。本当に、彼はそう思っているのかもしれないが。
「…………そんなことは関係ないだろう。俺が言いたいのは、お前のその行動だ」
「わ、私ですか?」
 男が面を上げる。
「…………仲間が欲しくてやったと言ったな」
「は、はい。その通りでございます」
「…………この、大馬鹿者が!」
「っ!!」
 驚いたのは、男だけではない。すっかり置いてきぼりを食らっているライトたちまで驚きで、目を丸くしていた。
 何せ、マサトが「!」マークが付くほどの大声を出したのである。これはもう、彼らにとっては卵の黄身が三個入っていたのと同等な珍事であった。
「…………趣味嗜好というのは、自己補完の手段に過ぎず、それ以上でも以下でもない。それが作用するのは自が内のみだ。だというのに、お前は仲間が欲しいという欲望を持ち、自己補完の手段を他人にまで求めた。それ自体悪だとは言わん。だが、無関係の人間を、魔法まで用いて自分の趣味に巻き込むなど言語道断。人に趣味を押しつけられ、喜ぶ者などまずおらんだろう」
「………………」
 その言葉は、まさに神の啓示。抗うことも、異を唱えることも許されない。絶対的な服従が、そこにはあった。
 あくまで、彼の中での話だが。
 他の者にしてみれば、単に一般論を述べているだけのことだ。当然の常識的見解なのだから、普通の人間にとっては聞く価値すらない。
 だが、この二人の男は、決して普通の精神構造などしていないのだった。そもそも、文明都市にルーツを持つ人々のなかに、まともな精神をした奴がいただろうか。少なくとも、ライトはそいつらの中に、一般論や常識、普遍的倫理観が通用したものがいた記憶がない。これについては、ハルナも同様であった。
「……なんか、だいぶ大それた話みてぇに聞こえるけどよ、要するに趣味で他人に迷惑かけんな、ってことだろ?」
「…………そうとも言うな」
 案外あっさりと認めた。
「お前が言ったところで、あまり説得力ない気がするぞ」
「…………それを言うな。薄々、俺自信も感じていたところだ」
「……なら言うなよ」
 ライトは、苦虫を噛み潰したらなんか変な液体が出て来て口の中に妙な感じがする、といった風の顔をした。
「――おお、神よ!」
「うお!?」
 突如として、男が歓喜の叫びを上げた。距離が近かったためか、驚きでライトが二、三歩飛び退く。相変わらず、オーバーリアクションな奴であった。
「なんと有り難きお言葉でありましょうか! 私は悟りました。私が間違っていました! 私は、己で解決すべき問題から逃げ、楽な道を選んでいただけでした。しかし、それではいけないのですね。自身の力で道を極めれば、私は完璧な存在となれる! そして、他の者たちにその感動を分け与え、素晴らしさを広めろということなんだ!!」
 暴走特急(亜光速)と化した男を止める術はなかった。拡大解釈と妄想も、ここまで来ればギネス級である。なんといっても、目がやばい。スポ根漫画でも滅多に見られないような、燃えに燃えて消し炭になってしまうのではないかと心配しつつも本音はそのまま消し炭になって夢の島に旅立つことを願ってしまうような、そんな危ない目をしていた。何発かキメでもしない限り、こうはなれないだろう。もしかすると、脳内で未知の覚醒物質が大量生産されているのかもしれない。
 まぁ、そんな熱くなっている男に注がれる視線は、限り無く冷たいものであったが。
「……あれでいいのか?」
「……………………」
「私には、余計に扱いづらくなったように見えるが。いや、むしろ関わりたくない」
「ちょっと失礼ですけど、あたしもシエナさんと同じ意見です。ていうか、どうするつもりなんですか? この後」
「…………俺に過失があるとは思えん。むしろ、俺は褒められるべき立場ではないか」
 マサトは言い張った。断じて、またしても後のことを考えていなかったから逃げたわけではない。
「…………とりあえず俺は、即時撤退を提案したい」
「それもいいけどよ、どうすんだよ。あれ……」
「神よぉぉぉぉ!」
 いい感じに壊れている男は、縛られているにもかかわらず、瞬間移動したんじゃないかと目を疑いたくなるような速度で接近、マサトの前にひざまずいた。 「神よ、愚かなる私めにさらなる智のご享受を!!」
「……………………」
「私は矮小なる存在です! しかし、一歩でも神に近付きたく!!」
「…………後は頼んだ」
 三十六計逃げるが勝ち。そうはいっても、逃げ場などないと言うのに。哀れなり。
「あっ! どこへ行かれるのです!?」
 残像をも残し兼ねない速度で逃げ出したマサトを、これまた物理法則を無視したような勢いで追いかける男。
 逃亡者。ふと、そんな言葉がライトの頭に浮かんだ。
「地獄の果てまで追いかける所存です!」
「…………おい、誰か助けろ!」
 双方ともに必死であった。
「助けろ、か。ハルナ様、危険ですのでお下がりください」
「……何する気ですか、なんて野暮なことは聞きませんよ。さっきも同じ質問したばかりみたいな気もするし」
「申し訳ありません。一介の家政婦である私が、ご主人様に意見など」
「なぁ、話してる最中に悪いんだけどよ」
「……何だ」
 声のトーンを一気に四段階下げ、シエナは応じた。
「あの二人、どっか行っちまったぞ」
「問題ない」
 一言、シンプルに答えた。
 そして、二人が走り去っていったと思われる方向に掌を向け……
「――――」
 呪文とともに、掌から発せられた魔力の塊が、目的着弾地点へとまっすぐに飛んでいった。
 ぽん、と以外に可愛らしい爆発音がライトの耳に届いた。


「本当に、ありがとうございました」
「いえ、そんな……これも、仕事の一つですし」
 翌朝、出発の準備を整えた一行は、ハーバー一家と最後の挨拶を交わしていた。
 その中には、元着ぐるみ―ルミとミナスの両親の姿もあった。
「また来いよ、オヤジ」
「おう、次来る時までには、もう少し大人になってろよな。クソガキ」
「これ、ルミ……」
「全く、お兄ちゃんてば……」
 ライトは子供と戯れ、その妹と母親は頭を抱えていた。ほのぼのとした、平和な光景である。
「……こんなに頂いて、よろしいのですか?」
「もちろん。これでも足りないくらいじゃ」
「では、遠慮せずに頂戴いたしましょう」
 一行の食事係、というより生活全般を受け持つシエナは、ハーバー氏から謝礼で受け取った山のような牛肉をどうにか鞄に詰める作業におわれていた。
「師匠……お元気で」
「…………ああ、達者でな」
   最敬礼で師―マサトを見送る着ぐるみ男(現在は普通の服装だが)。
 いつの間に師弟関係になったんだ、お前ら。と思わず突っ込みたくなるが、両者の目は本気そのもので、そんな余地など全く残されていなかった。ちなみにこの着ぐるみ男、しばらくこの牧場で世話になることとなっていた。初めはマサトについていくと言って聞かなかったのだが、もっと精神的な鍛練をしろという神の言葉により、渋々随行をあきらめたのであった。
 皆、思い思いの言葉を残し、全体として見れば、感動的な別れのシーンである。また会おうと約束しても、それが果たされる保証はない。彼らの命は、明日は、確実なものではないのだ。それも、さだめを背負って生まれて来たが故。逃げることはできない。
 空には雲一つなく、太陽は爽やかな光でもって、地上を惜しみ無く照らしていた。
「それじゃ、行きますね」
「―頑張ってください。ご武運、お祈りしております」
「ありがとうございます」
 にこっと、ハルナは笑顔を浮かべた。魔王を討つ勇者として、また、純朴な一人の少女として。
「おーい、ハルナー! 早く来ーい」
 ライトの間の抜けた声が、木々の間にこだまする。いつの間にか、ライト、マサト、シエナの三人の姿が小さくなっていた。
「あ、待ってよー!」
   年相応な、澄んだソプラノ。
 彼女は、その小さな背中には不釣り合いな大剣を揺らしながら、仲間たちの元へと駆けていった。


「行ってしまわれましたね……」
「ああ……」
 先程までハーバーと呼ばれていた老人は、威厳ある声で答えた。
「しかし、本当にこれでよろしいのですか? 魔王様」
「……何がだ」
「勇者は我々魔と相反する存在です。敵である者に対しこのような……」
 金髪の美女――双子の母親だった者に問われ、魔王は厳かに答えた。
「……問題ない」
 その言葉と共に、周囲の景色が一変する。
 牧場を覆っていた木の柵は、雑草の蔦が絡み付き建材である木も半分腐っているような、倒壊寸前の物となり、ライトたちが数時間前まで寝食をしていた家屋は、建っているのがやっとに思える廃墟と化した。
「ご苦労だった。なかなかの難行だったろう。これほど長時間幻覚を見せるというのも」
「いえいえ。他ならぬ魔王様のためですから。辛いはずがありましょうか」
 着ぐるみ男―齢二百歳のエルフは、笑みを浮かべながら言った。
「それに、私たちも結構楽しかったですよ。まさか、勇者があんなに可愛いとは思ってませんでしたし。なぁ?」
 その場に居合わせた魔族たちは、皆首肯した。
「ほら。また、何かあったら言ってくださいよ。私たちサイドベイのエルフは喜んでお引き受けしましょう」
「そう言ってもらえると助かるよ」
 終始笑顔な男につられてか、魔王もその顔に笑みを浮かべた。
「では、私たちはこれで」
「ああ。ありがとう」
「身に余る光栄です」
 そう残して、魔王を除いた者たちは皆、自分の家へ帰って行った。
 一人、廃墟に残された魔王(見た目はオヤジ)。たたずんでいたのかと思えば―
「私は萌えるためならば……なんでもするさ」
 至極真面目な顔で、至極ぶっ飛んだことを仰った。


「へくしっ」
「ハルナ様、風邪ですか?」
 突然の可愛らしいくしゃみに、シエナが尋ねた。健康管理も、メイドの仕事だ。
「うーん、違うとは思うけど……」
「そうですか。なら良いのですが」
 そのとき、彼女たちの数歩前を歩いていたライトが振り返って言った。
「案外、誰かが噂してたりしてな」
 その誰かさんが他ならぬ魔王であるなど、ライトは知る由もなかった。
 あるわけがなかった。







  
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