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「現在我々は深刻な食料不足に見舞われています。これは、早急に解決すべき問題かと」
「俺も同意だ。腹が減っては戦はできぬ、ってやつだな」
「貴様は戦わないだろうに」
「ぐ………」
「まあまあ。とにかく、どうにかして食べ物を手に入れないといけないね」
「……………」
 火を囲むようにして、勇者様御一行の四人は座り、今彼らの置かれている苦境をいかにして打破すべきか、討論を重ねていた。
 ライトが先程シエナに追い掛け回されていたのも、元の理由はこれ関係である。
 つまり、食料が不足気味になり、最近常に空腹感を感じるようになったライトは、ついつい、置いてあった残り少ない食糧に手を出してしまったのである。それが一行の炊事責任者であるシエナにばれ、最終的には妹であるハルナにまで罰を受けるという始末となった。
「大分街が近くなりましたが…食糧無しでいけるかどうかは、微妙な距離です」
「俺は嫌だぜ? このままじゃ歩く気力もねぇよ」
「……さっき、残りの食糧食べちゃったくせに」
「ぐ……」
 ハルナにジト目で睨まれ、ライトは返す言葉もなかった。
「……………狩る、か」
 マサトがぼそっ、と言った。
「狩る……街道を通る旅人でも襲うのか?」
「え〜!? う、嘘でしょ!?」
 素晴らしく誤解してくれている兄妹を見て、マサトとはやはり、ボソッと返した。
「…………違う。動物を、だ」
「ふむ…狩猟、ということか。しかし、ここらへんに食べられるような動物がうろついているとも思えんぞ?」
 シエナの言葉ももっともである。現在地、つまりキャンプを張っている周囲は、シエナにより結界と探索魔法の網が張られている。二重の守りだ。それによって、シエナは結界内に何がいるのか、八割がた把握しているのである。食糧となり得るような大型の動物がいれば、それこそすぐさま発見、捕獲、調理できる。
 はずなのだが。
「モォ〜」
「………?」
 人間の口から発せられたとは思えないような音が耳に届き、四人はそろえて不思議そうな顔をした。
「…シエナ、お前、前々から何でもできる奴だとは思ってたが、動物の鳴き真似までできたのか」
「私ではない。てっきり、貴様のような野蛮人の腹の音かと思ったが」
「んだとぉ!? 誰が野蛮人だ!!」
「貴様以外、誰がいる」
「…………!」
 ハルナは、口をパクパクさせ、マサトは、無言で刀を抜いた。
 二人の一触即発の様を見てではない。その背後にある、今まさに彼らが一番欲していたものを発見して、だ。
「あ、あれ……」
 ハルナが、震える指でそれを指すと、取っ組み合いでも始めそうだったライトとシエナもそちらを向き、驚きに目を丸くした。
 それは、自分が今命を狙われているとも露知らず、のん気に地面の草を頬張っていた。
 白黒模様の体毛を持った、食肉の代表的動物。
「う、牛が何故こんなところに……私が感知できなかっただと?」
「牛、牛、牛……肉だぁぁぁぁぁぁ!!」
 弱肉強食、食物連鎖という自然の摂理。
 一匹の獲物に対し、多数で攻撃を仕掛け確実にしとめる。人間に限らず、多くの肉食獣はこの戦法を取る。勇者様ご一行は今、その肉食獣となっていた(主にライト)。
 シエナの魔法で動きを止めたところを、容赦なくライトとマサトが急所を突く。ハルナはといえば……勇者と言えどもやはり少女。その光景はちょっと残酷すぎたらしい。目をそむけていた。何を奇麗事を、という感じであるが、この連中の中にあっては、一人ぐらいそういう人間がいたほうがいいのかもしれない。特に、食糧、しかも肉を目の前にして理性がぶっ飛んでしまっているライトを止めるための役として。
 そうしている間に、生き残りをかけた戦いは終焉を迎えていた。


 彼らの目の前では、獲物が、美味そうな音をたてながら焼かれている。
 メイド服は伊達じゃなく、捉えた獲物は、芸術的なまでの手際のよさで、シエナにさばかれていった。ライト的には丸焼きがよかったのだが、これからのことも考えて、今回調理されたのは半分ほどである。それでも十分多いが。残りは、シエナが魔法で凍らせて保管してある。
「さて、そろそろいいかな〜」
 残念ながら、調理と言っても火を通すだけであった。何せ、他の食材がないのだ。料理しようにもしようがなかった。
「いただきま〜……」
 まぁ、そんなことなど全く意に介さない人間もいるが。食えれば満足、である。
 ライトが、一際大きい肉片を口に入れようとしたときだった。
「もしもし、ちょっとあんたがた」
「ん?」
 勢いそのままに口に肉を放り込んだライトは、声の主のほうを振り向いた。
 シエナとマサトは、なぜか目を丸くしていた。
 麦藁帽子をかぶり、白い髭をたくわえた恰幅のいい初老の男が、そこに立っていた。誰にも気付かれることなく、である。
「ふぃいはん、あむかおう?」
「あの、あたしたちに何か……?」
 口に肉を入れたまま、行儀悪く話そうとするライトはきっぱり無視し、ハルナが丁寧に尋ねた。兄とは違い、人間ができている。
「いや、食事中に悪いとは思ったのだがね……君たち、ここらへんで牛を見なかったかね? わしの農場から逃げ出したのだが」
「ぶっ!!」
 ライトは、思い切り噴出した。幸い、肉は飲み込み終わっていたが。
 まさか……ねぇ。
「ここらへんに野生の肉牛なんておらんから、牛がいればまずわしのだと思うのじゃが……」
 ああ、そいつなら今目の前でいい音たてながら焼かれてますよ。俺の胃袋の中にもいますし、テントの中では冷凍されたのもあります。
 なんてこと、口が裂けてもいえるはずがない。
(ちょっとお兄ちゃん、どうするの!?)
(どうするも何も……もう食っちまったし。吐き出せないぞ?)
(そういう問題じゃなくてぇ〜…これって、人のもの勝手に盗んだってことでしょ?)
(そうなのか?)
(そうなの! どうしよう…泥棒じゃない、あたしたち)
 小声でぼそぼそと何か言い合う兄妹を、男は何の疑念も持っていない様子で見つめていた。
「それにしても、美味しそうな肉ですなぁ……適度に脂が乗って。わしのところの牛も、これぐらいに育ってくれればいいのじゃがのぅ……」
 これ、あなたのです。
 言うべきか、言わざるべきか。
 ハルナは、その狭間で揺れていた。
(ハルナ様)
(シ、シエナさん)
(ここは、黙っておいたほうがよいでしょう。彼は、只者ではありません)
(え?)
 言われて、ハルナは再び男を見た。
 いつの間にやら、ライトと打ち解けた様子で一緒に肉を頬張っている。
 男自体は、どこにでもいそうな普通の人間だった。
 ハルナが気になったのは……
(お兄ちゃん……何やってるのよ…)
(あの馬鹿は放っておいて、とにかく、私の探索魔法に引っ掛からずに近寄るなど……やはり、只者ではありません。マサトも、全く気配を感じていませんでした)
 マサトも、超一流の剣士である。他人の気配に人一倍敏感である彼が数メートルというところまで接近してきた人間の気配に気付けないなど…まずありえないことであった。ましてや、その相手は素人なのだ。手馴れの暗殺者などではない。
「はっはっは、そうかそうか。しかし、あの嬢ちゃんが勇者とはねぇ……世の中変わったもんだ」
「俺もびっくりですよ。妹が勇者だって? 最初は信じられませんでしたからねぇ」
「はっはっは、そうじゃろうな。それが普通じゃろ」
 すっかり意気投合した様子で、二人は会話を重ねている。アルコールなど摂っていないはずなのに、ほろ酔い気分のようでもあった。
「ところで……だ。君たちを本物の勇者と見込んで頼みがある」
 男が、先ほどまでとはうって変わって、真摯な表情となる。
「ん、何ですか? おじさんの頼みとあらば、聞かないわけにはいきませんね」
「ありがたい。ここじゃなんだし、わしの家へ来ないかね? 歓迎しよう」
「マジっすか? では、お言葉に甘えて…」
「ちょっと、お兄ちゃん!」
 ありえないほどに軽く決断を下すライトに、流石のハルナも口出しせざるをえなくなった。ライトの襟首を掴むと、そのまま引きずって男と少々距離を置いたところまで連れてくる。
「貴様、一体何を考えている!? 今さっき出会ったばかりの輩にほいほいついていくなど……」
 連れてくるなり、シエナの怒号が響いた。
「あの人は、悪い人じゃない。俺が保障する」
「貴様なんぞに保障されても信用できるか」
「他人から信用してもらうにはまず自分から信用しないと……」
「正論だけど、ここで使うべきことじゃないよ……」
 ハルナとて、その目は節穴なわけじゃない。あの男は、それなりに信用に値するだろう。そう思っていた。しかしシエナは、あの男は怪しいと言った。それはそれで正しいとも思う。
 取り残す形になってしまった男のほうに目をやると、案の定、きょとんとした目でこちらを見ていた。何が起こったのか、まだ整理しきれていない様子だった。
「マサトさんも、何か言ってやってくださいよ」
「……………俺は、ついていくべきだともうが」
「え?」
 先ほどからずっと沈黙を保っていた男の口から出た言葉は、尋ねたハルナと、彼女と同意見であるシエナの意表をつくものであった。
「何を血迷ったことを! お前だって分かっているのだろう? あの男が、得体の知れないものだと! 食料に困ることがないのなら、このまま街へ行くのが一番の策だ!」
「…………しかし、食ってしまっただろう?」
「あ……」
「…………ならば、彼の頼みの一つや二つ、聞かないわけにはいかない」
「その通り! いやぁ、マサトさん、あんたも話が分かるねぇ!」
 上機嫌になってマサトの肩をばしばしと叩くライト。
「しかし、ばれていない今だからこそ逃げたほうが……」
「仮にも勇者たるものが、泥棒してそのまま謝りもせずに逃げるってのか?」
 勇者であるのはハルナだ。決してライトではない。なのに、彼はあたかも自分が勇者であるかのような口ぶりで話した。
「うん…そうだよね。人助けも、勇者の仕事。そういうことだよ」
「ハ、ハルナ様まで……」
「よし、決まりだな。善は急げ、早速出発の準備しようぜ」
「うん!」
 ライトとハルナの兄妹は、男にその旨を説明すると、てきぱきとキャンプをたたみ始めた。
 なんだかんだで、結局自分の意見が全く反映されなかったシエナは、
「主人の命令には絶対服従とはいえ……だが、お前があのようなことをいうとは思わなかったな、マサト」
「…………………」
「……まさか、貴様!」
「………俺は、何も食っていない」
「嘘をつけ! だったら何故、楊枝を持っている!?」
 シエナは、マサトが口にくわえていた極一般的な爪楊枝を指差した。
「…………これは、一種のファッションだ」
「貴様…自分も食ったから、後ろめたくなったんだろう? 共犯なんだろう!?」
「…………だから俺は……」
「一遍……死んで来い!!」
 数時間前にライトを葬り去ったばかりのフライパンが、再び振るわれた。







  
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