「爆砕陣・参式!!」
「ぬぉぉぉぉぉぉぉ!?」
 交易都市として名高い、サイドベイ郊外の森。その中に、強大な爆音と、悲痛な叫び声が響き渡った。それから一拍置いて、全身煤だらけになった若者が飛び出してくる。
 短く刈り揃えられた黒髪に、いい具合に日焼けした肌。そしてなかなかにがっちりとした体躯。一見、どこぞの国の兵士などにも見えなくないが、その服装といえば、木綿のシャツにつぎはぎの見られる長ズボンという、お世辞にも屈強な戦士とは言いがたいようなものであった。彼の顔もどこか、田舎くささを感じさせる。そう、鍬なんかを装備させるとちょうどいいだろう。現に、飛び出してきた若者―ライト=アズベルトは、由緒正しい農民の出である。故あって、現在は旅人の身であるが。
「そんな攻撃魔法、人間相手にぶっ放すか!?」
「貴様を人間として扱った記憶はない!」
 ライトの問いに対し、美しいソプラノで人権完全無視な答えが返ってくる。
 その声の主、先ほどの爆発の犯人は…なんというか、珍妙な格好をしていた。
 彼女自身の持つ容姿は、文句のつけようがない。同性でもはっとしてしまうほどに、整った顔立ち、後頭部辺りで一本にくくられた透けるような銀髪。スタイルが抜群に良いことも、その珍妙な服装の上からですら読み取るこができた。
 問題の、その格好。フリル付のエプロンに、すその広がりが大きい群青色のワンピース、そして止めといわんばかりに、頭部に飾られたこれまたフリル付のカチューシャ。そう、紛うことなき、メイド服という奴である。やけに似合っているのがアレだったが。どちらかというと板についているという感じか。
 そのメイド服の美女―シエナ=ハウ=ラテラインは、ライトに一言放った後、再び呪文詠唱を始めた。
「光よ…闇に巣食う者を貫く槍となれ!」
「馬鹿! 本当に殺す気かよ!」
 詠唱が終わり、ライトの周囲に無数の光り輝く槍が出現した。
 広域攻撃魔法である爆砕陣とは異なり、この魔法―光の槍は主として単体の敵の殲滅を目標として放たれる。そしてその威力は安定して強力。狙った獲物は逃がさないという、必殺の呪文である。普通は、上級の魔物などに対して使用される。
 逃げ道は、ない。このままではあの槍に全身を貫かれて命を絶たれるしかないだろう。
「く……!」
 ライトは、歯を食いしばった。どっち道死ぬのだろうから、そんなことしたところで無意味なのは彼自身も分かっている。だが、かといって何もしないわけにもいかなかった。
「消えろ、悪しき変態! 光の槍(ホーリーランス)!!」
 と、槍がライトへ向かって加速を開始した瞬間、影が横切った。直後、全ての光の槍が四散、消滅する。
「……?」
「ハ、ハルナ様……」
「そこまで。これ以上やったら、お兄ちゃん死んじゃうよ」
 ライトのことを兄と呼び、シエナからは様付けで呼ばれたその少女は、一本の剣を構え、ライトをかばうように立ちはだかっていた。
 だが、その格好はかなり不釣り合いなものである。大きく、真っ直ぐな瞳など、まだまだ子どもらしさが抜けないものの、可愛らしいことは確かな顔立ち。琥珀色の髪は肩辺りで切り揃えられ、森の中を静かに駆け抜ける風が、その髪をなびかせていた。
 しかし彼女が身を包んでいるのは、一般的な少女がまとっているような服ではなかった。鎧、である。金属を使った重厚なものではなく、動きやすさを重視した革製ではあるが、通常彼女のような15、6の少女が着用するには、少々どころかかなり珍しい代物である。
この、ライトの妹―ハルナ=アズベルトこそが、ライトが現在旅人の身である理由だ。正確にいえば、ハルナの構える、その剣が元凶であるが。
 聖剣・レックスグリーム。
 この世界に古くから伝わる伝説。その中に登場するのが、この聖剣である。伝説では、この剣によって勇者は魔王を討ち滅ぼした……となっている。だが現実には、魔王は滅びてなどいなかった。伝説は、間違いだったのである。まぁ、この聖剣自体、アズベルト家所有の畑に埋まっていたのをライトによって発見されたというのだから、最初は誰も伝説の聖剣だなどと思いもしなかった。だが、実際に魔王は存在し、聖剣の勇者―ハルナはそれと相見えることとなった。
 今から一月ほど前―文明都市・ヴァハラキアでの戦いがそれである。辛くも魔王を退けたものの…ハルナはこの闘いで、大切な人を一人、失った。
「でも……」
「ん?」
「お兄ちゃんも悪いんだから、打撃のもう1、2発は我慢してね♪」
 失った…はずなのだが。現にハルナは笑顔で、目標を先程守ったはずのライトに定めている。さらに加えるならば、こめかみに少々筋が浮かんでいたりもする。
「さて、ハルナ様の許可も下りたわけですし……」
 そう言ってシエナは、どこから取り出したのかは知らないが、非常に実用性の高そうな、金属製のフライパンを脇に構えた。
『馬鹿者ぉぉぉぉぉ!』
 ガッキィィィィン!
「ぬぁぁぁぁ!……」
 妹とメイドの合体攻撃を食らい、ライトは沈黙した。 聖剣が鞘に納められていただけ、幸運に思うべきだろう。


「ただいま〜」
 沈黙するライトに軽くとどめをさした後、その亡骸、じゃなくて動かなくなった体を引き摺り、ハルナたちはキャンプを張っている場所へと戻って来た。
「………遅かったな」
 そして、彼女らを迎える男が一人。彼もまた、勇者様御一行の一員である。
 あまり手入れされてなさそうなボサボサの銀髪。微妙にヒゲも伸びている。だがしかし、その目付きは鋭い。顔立ち自体もかなり整った部類に入るだろう。
「………………」
 一瞬、倒れ伏すライトに目をやると、男は、地面に置いてあった長い剣を手に取り、立ち上がった。立ち上がると、彼の長身と、無駄という言葉とは縁遠い、引き締まった体躯がよく分かった。
 そして、彼はおもむろに倒れたままで意識の戻らないライトへ歩み寄った。
「あ、あの…マサトさん?」
 ハルナの声などまったく届いてないかのように、男はライトのそばまで来ると、
「………起きろ」
 ぼそっと言って、鞘にいれたままの長剣で、ライトをつつき始めた。
「その程度じゃ目を覚ますことはあるまい。一体、何のつもりだ?」
「………………」
 シエナのその言葉に反応してだろうか、男―マサト=クレ=サクライは、ほんの、微妙に困惑の表情を浮かべた。
 しかし、それも一瞬のこと。何を思ったのか、マサトは鞘から長剣を抜き放った。
 本当に、長い。手に持つ彼の身長にも届くほどだった。そしてその形状もまた、珍しいものであった。
 刃が片方にしか付いておらず、刀身が微妙に弧を描いている。一度振るうだけで相手の命を奪える兵器でありながら、どこか、美しい芸術品のような雰囲気を醸し出していた。
 武器に精通した者なら、その剣の名称を知っているだろう。「刀」と。もっとも、彼の愛用している品は長太刀という、その中でも特殊な部類だが。
 マサトは、その太刀を振りかぶった。
「ちょ……マサトさん!?」
「大丈夫ですよ、ハルナ様。少し、様子を見ていてください」
 マサトは刀を振りかぶり、その足下には気絶中のライトが転がっているという、何とも分かりやすい図式を見て、これまた分かりやすい考えに至って飛び出そうとするハルナを、シエナが優しくたしなめる。
「………………」
 そしてマサトは、相変わらずの無言で、太刀を――
 近くの木へと、横なぎにした。カッ、という小気味良い音が響き渡った。どうやら、刃ではなく峰の方で打ったらしい。
 さらにマサトは、間髪空けずに、リズム良く木を峰打ちする。
 カカカカカカカカカ…………
 この音を、ハルナは聞き覚えがあった。いや、ハルナでなくとも聞き覚えがあるだろう。包丁が、まな板を叩く音。あれにそっくりだった。
(あぁ…こんな音聞かされたら余計おなか空いちゃうよ…)
 ハルナがそんなことを思った時だった。
「飯か!?」
 勢い良く、ライトが飛び起きた。
「なぁ、一体何作ってんだ!? 早く食わせてくれよ!」
「起きたか、単細胞が」
「………………単純で助かる」
 自分が騙されたことに未だ気付かず、辺りをキョロキョロと見回すライトを見て、二人は思い思いの、しかし結果的には同じ感想を、口にした。







  
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