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 言ってしまった手前、しかもその内容は十分に実現可能だったので、これは聞いてやるしかないし、おそらく彼もできるし叶えてくれるというのを分かっていたからこそあんなことを言ったのだろう。
 物置兼仮眠室から発掘されたインストール前の筐体に改造を加え、人間で言う脳の部分――まぁ、もともとロボットも頭脳回路は全部ここに乗っているのだが――に、ミックを乗せられるようにする。このための道具や素材類も、全部隣の物置から出てきた。なんとまぁ、安上がりな改造である。その気になれば、あそこにあるものだけでロボット一体丸々出来上がるんじゃないだろうか? そういえば、パソコン組み立てた先輩がいるって噂を聞かされたような記憶が……いや、今はそんなことどうでもいい。
 とりあえず完成した筐体に、ミックを接続する。そういえば、あまりに急いでいて忘れていたのだが、ロボットを動かすにはそれ専用のドライバやら制御アルゴリズムやらが必要だったような気が。しかも、気づいたのはよりによって接続してからだ。また外すのか……面倒だな。
 僕が接続ケーブルに手をかけようとした瞬間だった。
『…………』
「うわっ」
 目の前の機械の塊は、無言で立ち上がった。そして、確かめるかのように手を握ったり開いたり、その場で足踏みしてみたり(まだ電源ケーブルや固定用ワイヤーを繋ぎっ放しなので、動くに動けないのだ)。
 そして、人間で言う口の部分に設置された広周波スピーカーが合成音声を紡ぎだす。
『これが、動けるということですか……』
 僕たち生物からすれば至極当然のことを、彼はそれがとても大切で、感動に胸震わせているかの如く言った。
「……お前、制御プログラムはどうしたんだ?」
『博士がこの体を作っている間に、インターネット上で公開されているオープンソースを参考にして、私自身で構築しました』
「成程ね……そりゃお手上げだ」
 後でコピーとっておこう。元々、ミックが書いたプログラムは全部予備を残している。一種のバックアップともいえるし、何よりもそれは機械が自身で書いたプログラムだ。興味関心を抱くのは僕だけではない。世界中の研究者が見たがるだろう。実際、過去に何度かあった発表の機会には、とてつもない反響があった。ミックの存在までは明かしてないけど。
 とりあえずミックの拘束を解いてやると、彼はぐるぐると、その場を二周ほど回った。意味なんてないだろう。ただ歩いてみたかっただけに違いない。
 その後もしばらく、一つ一つの動作を確かめ、噛み締めるように、ゆっくりといろいろなことをこなしていった。肩を回してみたり、物を掴みあげたり、立つ・座るを繰り返してみたり……
 それこそまるで、人間のように。
 僕はそれを、ただずっと眺めていた。
 どうにも不思議な気分だ。彼がきちんと動いている時点で僕はもう立派な犯罪者だというのに、罪の意識などあるはずもない。だけど、かといって喜びに舞い上がっているわけでもない。ただ単に、目の前の現象としてそれを捉えている。  それは一種の、寂寥感に似ていた。
『博士、何か私にできる仕事はありませんか?』
「え? ……ごめん、聞いてなかった」
『仕事です。私に何なりとお申し付けください。さまざまな動きのデータを取りたいのです』
 僕に真っ直ぐな視線を向ける彼から、僕は思わず目をそらした。
「仕事、ね。うーん……」
 視線だけでなく考えも逸らす。
 仕事なんかいくらでもあった気がするけれど、実際に何があるかと問われると、即答するのはなかなかに難しい。それだけの量がある。とりあえず優先事項を挙げると……
「まずはやっぱり、部屋の掃除かな。ここと、隣と」
 どこかの誰かさんが持ち込む食料品やらなにやらのせいで、ここはおそらく全研究室中最も汚い場所となっているだろう。まぁ、片付けられないのはある意味伝統のようなものらしく、それゆえの物置兼仮眠室なのかもしれない。あんなもの、普通存在しないし。
『了解です』
 まるで待てを解かれた犬のように、ミックは掃除を始めた。邪魔になりそうなので、僕は部屋の片隅に放置されたぼろ椅子に腰掛け、彼の様子を眺めることにする。
 その様は見事としか言いようがなく、見る見るうちに部屋は美麗な輝きを放つ別物に変貌していった。ゴミを片付け、ほこりを取り除き――しかも、今時珍しい箒を使って――、ちょっとだけ机の配置もいじる。時折立ち止まって何か考え事をしているような仕草を見せるのは、Web上からこういった関連のデータを収集しているからだろう。調べながら掃除、人間ではまずありえないだろうな。掃除にマニュアルなんかないわけだし。
 こちらが終わったかと思えば、休憩もなしに彼は隣の魔窟へと特攻した。見に行きたいのは山々だったけれども、無闇に近づくのは危険である。下手すれば、雪崩に巻き込まれて命を落としかねない。
 掃除が終わり、それこそまるで漫画のような輝きを放つようになった部屋を見回して、ため息をひとつ。ホントにここは僕らの研究室なのか? 僕は夢でも見ているのか? もしかして、僕は並行世界に迷い込んでしまったのではないのだろうか?
 そんなちょっとした錯乱状態を味わい、そして掃除のありがたさをしっかりと噛み締める。自分でやったのではない、というのが悲しい事実だけど。たぶんミックがやってくれなければ、ここはあのまま腐海化が進む一方だっただろう。残念ながら、ここには汚すことが得意な人間はいても掃除するのが得意な人間は存在しない。これは断言する。隣の仮眠室を片付けた僕だって、あれは場所確保のために必要最低限のものを粗大ゴミに出しただけだ。あれを掃除と呼ぶことができるならば、ガムを紙にくるんでゴミ箱に捨てることすらも立派な掃除となるだろう。うん。
 しかし、今彼がやっているのは立派な掃除だ。どたんがだんと嫌ーな感じの音が壁越しに聞こえてくるけれど、そんなこと気にしていてはあの部屋の美化を容認することはできない。
 ……あの部屋が片付いたら、一眠りしよう。
 気がつけばもう日は沈み、外では赤と黒が混じり始めている。結局ぜんぜん寝てないな。
 がらがらがしゃーん、と何かが崩れるような音がする。
 でも、こんなときに限って誰か来たりするんだよな。来てほしくない奴。室長とか、副学長とか、柴田とか。
 ヴヴヴヴヴと妙な重低音が鼓膜を震わせた。
 ま、来るもの拒まず去るもの追わずともいうし。そのときはそのときで何とかなるだろう。
 どんっ、と何か重いものを床に置いたような音が耳に届いた。さっきから一体何をやっているんだ?
『終了いたしました。如何なものか、最終チェックをお願いします』
 と、僕の疑問を察知したかのようにミックが僕を部屋へ案内する。こうなったら、行くしかないだろう。間違っても逝くことはないだろうし。
 扉をくぐると同時に、僕は息を飲んだ。
 何も、ないのだ。あれほど山積みだったガラクタ、前世紀の公害にも勝るとも劣らなかった舞い散る埃。申し訳程度に残されていたのは、おんぼろのベッドだけだった。この部屋の壁なんて見たのは、初めてな気がする。こんな部屋だったのか。
『評価を』
「ああ……とりあえず、完璧だよ。申し分ない。いや、ほんと」
『ありがとうございます』
 いや、礼を言いたいのはこっちのほうだ。掃除専用の作業ロボットですら、ここまではできないだろう。そのために生み出されたロボットですら。
『では私は次の任に移ります。外の樹木の剪定作業がどうやら滞っているようですので、そちらの手伝いを』
「え、あ……」
 そういって彼は、今度は僕の意見を聞くこともなく、背を向けて部屋を出ようとした。
 彼が仕事をしてくれるのは間違いなく良いことだ。だけど、なぜか僕はそれを止めなければならないような気がした。彼はデータ収集のため、といっていたが、たぶんそれは建前でしかない。おそらく、単に体を動かしたいだけだろう。動くことが楽しくて仕方ないに違いない。
 ……行かせては、だめだ。
「だめだ、ミック。待て!」
 彼の肩を思い切りつかむ。力の違いか、少し引きずられたけれども彼は止まってくれた。
『どうしたのですか? 私の行動に何か問題点でも?』
「……これだけ、言わせてくれ。僕は、作業用ロボットにするためにお前を作ったんじゃない。お前は――」
 ……何なのだろう。そのちょっとした躊躇がまたまた命取りとなった。
「ちーっす……って、あれ?」
 景気よく開け放たれた扉から顔をのぞかせたのは柴田香苗その人で、しかしそのまま引っ込んでしまう。数秒して再び顔をのぞかせ、
「お前がいるってことは、ここで間違いないんだよな。いやぁ、あまりに様変わりしてるもんから部屋間違えたかと思った。お前が片付けたのか? 暇人だよな。そんなことしてる暇があったら寝とけよ。睡眠不足は体に悪いぞ。あたしは毎日十時間睡眠だけどな。寝すぎかね? ……で、そちらさんは?」
 完全に僕らをおいて我が道を突っ走るマシンガントークを展開した後、柴田は彼女からすれば見慣れぬロボットを指差して尋ねた。
 まぁ、突然の出来事に僕は何も答えられなかったわけで。そうなると、必然的に答えるのは彼となる。
『柴田様、私です』
「その声は……ミックか? うひゃー、お前ミックを筐体に載せちまったのかよ? そりゃまずいだろ」
 ……あ。
 いまさらになって気づく。これは他人に悟られてはならない事実だったのだと。
「でもすげーなー。違法だけどよ、自分で考えて自分で行動するロボットだぜ? 全世界の少年たちの憧れが、今ここにいる。たまんねぇな」
 そう言ってばしばしとミックの肩を叩く柴田。僕はもう何も言えない。言う気にもなれない。
 しいて言うのならば、見つかったのが柴田だったというおかげで九死に一生を得た――そんなところだろうか。
「よし、ミックもいけるなら丁度いい。おい、飲みに行こうぜ。ミックもこのまま連れてさ」
「は?」
 なんて言った、今。
「酒だよ酒。ミックへの祝い酒だ。心配すんな、奢ってやるから」
 そんな明らかにとってつけた理由で。ていうかお前、昨日も飲んでただろうよ。
 そんなツッコミができたのはもちろん頭の中だけで、当たり前のように僕に抗う術はなかった。







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